オークワのネットスーパーを、時々、利用ています。一度に3000円以上買い物すれば、配達料は無料です。

ネットスーパーといっても、品ぞろえは実店舗とほぼ同じですから、簡単に購入金額が3000円を突破してしまいます。

 

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(supermarket ners より引用。食料品店の配送車。)

 

ということで、ネットスーパー「オークワ」を便利に利用しているエカワ珈琲店の今日この頃です。

和歌山市内で利用できるネットスーパーは、現在(2016年9月)のところ、オークワだけしか思い浮かびませんが、今後、ネットスーパーを展開する食品スーパーが増加して行くはずです。

 

入札で食材や焙煎したコーヒー豆の購入先を決めているホテルや飲食チェーンが、食品スーパーの展開するネットスーパーを利用することは無いかもしれませんが、独立系の喫茶店やカフェ、それにレストランなら、便利にネットスーパーを利用すれば仕入れの生産性が上昇するはずです。

 

ネットスーパーを展開する食品スーパーが増加して、ネットスーパーの配達風景が日常となったなら、食材を満載して走っている珈琲会社の配送車の姿が消えてしまうかもしれません。

食品スーパーの商品棚には、営業社員が食材や焙煎したコーヒー豆を業務店に配達している珈琲会社の商品も並んでいるわけですから、自社で配達するよりもネットスーパーに配達してもらったほうが効率的です。

 

エカワ珈琲店ですが、ネットスーパーの普及は、コーヒー豆自家焙煎店に大きなチャンスを与えてくれるかもしれないと期待しています。

現在のところ、食品スーパーで取り扱っているのは、大量生産・大量消費の商品だけです。

 

近い将来、ネットスーパーが増加して競争が厳しくなってくると差別化が必要となってくるわけで、必然的に少量生産・少量消費の商品も必要になってくるはずです。

そして、煎りたて、新鮮、香りの良い、少量消費向け焙煎コーヒー豆を、少量生産して少量納品できるのは、今のところ、コーヒー豆自家焙煎店だけです。

 

 

 

appleです。

 

今日は、暑いなぁ。と思っていたら、

お昼のニュースで真夏日だと耳にしました。

 

週末もお天気が良くて暑かったぁ~~~。

きのう日曜日は、前回BLOGにも書きましたが、

金沢城リレーマラソンがありました。f:id:hokusho:20160516145203j:plain

チーム一丸となって、やり切ったので、

ケガなく、楽しく、走り終えることができました。

appleは、目標としていたタイムにとどかなかったので、

少し残念でしたが、さらにパワーアップして次の大会に臨みたいです。

 

ランニングシューズの中も暑い。暑い。

 

ここ数年は熱中症対策アイテムなどたくさん見かけますね。

汗の蒸発による気化熱を利用したクーリングジャケットなどもあります。

(ファンユニットが付いていて、外気をジャケット内に送り、

汗を蒸発させ、、涼しさが体感できるというものです)

 

ランニングシューズにもシューズ裏がメッシュになってて、

蒸れを防いでくれるものもあるようですが、

スポットエアコンのように冷風が浴びれる的なものも

今後出てくるかもですね。

 

 

apple、今日の出荷作業は、スポットエアコンとともにしましたー。

 

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miscellaneous

アークス51円祭

超絶久々に牛バラがグラム51円。ただし、かなりスジが多いので買ったことがない人が飛びつくのは危険である。

Amazonサイバーマンデー

意外に安いのが多い。これとか。(リンク先は64GB)

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Team Micro SDXCカード UHS-1 40MB/sec (64GB) カード変換アダプター付き

パズドラ

イベント無し。コインダンジョンかゲリラ行って終わり。

Ingress

こちらも3周年終了でアイテムが渋い。

ポケとる

こちらは順調。現在54/250

本来なら今日から完全保育(8:30~17:30)なのですが、

私がまだ時間に余裕のある身なので、今日も慣らしで1時間早く、
16時半に迎えに行きました。
 
朝のお別れ時も、お迎え時も、号泣はしていたけれど、昨日よりは
少しマシな泣き方でした。
今日はお歌が流れると、(パンダうさぎコアラ )笑顔で
手を上下に振りながら踊っていたそうです。
 
パンダうさぎコアラ、家でも聴きまくっているから、知ってる歌が流れて
きっと嬉しかったんだろうなぁ~
その他は昨日と同じく、オモチャで遊んだり、伝い歩きであちこち行ったり、
楽しく遊べていたみたいです。
 
明日もピーちゃんがんばって☆

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 家に帰って夕食を食べたらやっと機嫌が良くなって、お気に入りの
キッチンで遊んでいるところです。
 
 

人生の中で出来れば経験したくないのが、愛する人の死。でも同時に避けて通れないものでもありますよね。ちょっと重めのテーマですが、難しい内容ではないので、みんなにも考えてほしいです!

わたしは職業柄、人の最期に立ち会う機会が普通の人より多いのではないかと思います。ここ最近は、年に10人から20人の方の看取りに関わってきました。
人の最期にもいろいろあって、若くして事故で、とか、病気で志半ばで、というのではまた状況が異なってくるので、今回は老衰による最期という状況にしぼって話をしようと思います。

泣かない人は冷たい人なのか

様々なケースに関わってきましたが、臨終の際の家族、親族の反応も様々です。
声をあげて泣き叫ぶ人もいれば、穏やかで、時にはいつもと変わらぬ様子で談笑している方もいます。兄弟の間でさえ、極端に反応が分かれる場合もあります。
その時に、こんな言葉を耳にした事があります。

「親が死んだっていうのに、泣きもしないで冷たい人ね」

この言葉、分かります。
自分が辛くて悲しくて「お母さん!」と泣き叫んでるのに、ふと隣りを見ると自分の兄弟はいつもの調子で飄々としている。
この人は母が死んでも何ともないのか……?
そう感じるのも無理はないと思います。

でも、経験を重ねる中で、その言葉への違和感がどんどん大きくなっていくのを感じてもいました。

愛する家族を亡くしても泣かない人は、本当に冷たい人なのでしょうか?

 実は、今わたしの頭のなかに思い浮かんだ、たくさんの「泣かなかった家族」。 その多くは、「冷たい人」というイメージとは真逆な方達です。
例えば、持病があるのに、長い間自宅でお母さんを介護してきた方。
毎日仕事帰り、面会時間ぎりぎりに駆け込んで来る息子さん。
意識のない父親の手を握って、いつもにこにこと話しかけている娘さん。
言葉で言い表すのは難しいのですが、その接し方から親御さんへの溢れる愛情が伝わってくるような方達でした。 そういう方達に限って泣かないケースが多いのです。
わたしにはどうしても,その方達が「冷たい人たち」だとは思えないのです。

そもそも人はなぜ死に面して泣くのでしょうか。
故人と永遠に会えないという寂しさや、もっとこうしてあげたかったという後悔の気持ちもあるかもしれません。 故人の最期の苦しみや、その無念さを思って泣く人もあるでしょう。
泣かなかった人たちも多少の違いはあれ、同じような感情は抱いたはずです。
ではなにが違うのか。
様々な要素が関係するので、人の数だけ理由があって正解はないのでしょうが、わたしの中に一つの考えが浮かびました。

寂しさや後悔を超える、別の感情があったとしたら人は声をあげて泣かないのかもしれない。

わたしがそう考えるに至ったのには、自分自身の過去の経験も大きく関係していると思います。その事例をもとに、皆さんにも自由に考えてほしいです。

祖母との生活を通じて


 父方の祖母はいつも綺麗にパーマをあてて身だしなみを整え、背すじの伸びたおばあちゃんらしくないおばあちゃんだった。
孫達が大胆な遊び方をしていると「おぞい(怖い)わぁ〜」と止めることはあっても、祖母に怒られた記憶は一度もない。
 その祖母が、祖父が亡くなったのを機にみるみるうちに弱っていってしまった。 それでも頭はしっかりしていて、頑としてこの山奥の、祖父との思い出の詰まった自宅を離れようとしない。
自分の家に母親を招き入れようとしていた息子達も、その頑なさに遂には説得を諦めた。

 父は三男だったが、兄弟の中でもとりわけ両親に対する愛情が強い人だったと思う。 仕事を辞めて実家に帰ると言い出した。家のローンもまだ払い終えていないのに。
色々話し合った末、代わりにわたしと母が一ヶ月交代で田舎に帰り、祖母の介護をする事になった。

 最初の一ヶ月はわたしの番だった。 田舎に帰って愕然とした。
そこにはあの優しかった祖母はいなかった。
覚えのない事で受ける非難。
家事の仕方一つをとっても気に入らないらしく、逐一嫌味を言われる。
わたしの作った料理には全く箸をつけようともせず、その場で惣菜を買ってこさせられる。
一度わたしが作った鯵の南蛮漬けを白いパックに入れ、綺麗にラップをかけておいたら、祖母は「美味しい美味しい」と食べていたっけ。
とにかく何か理由を探しては、いや理由がなくとも、チクチクと怒られていた。祖母の目がギラギラと真っ赤に光っているように見えて怖かった。

 一応自分の部屋らしきものはあったが、本当の意味で自由な時間はなかったように思う。
「なつめさーん」 祖母が呼ぶとすぐに降りていかないといけないので、常に神経は張りつめていた。 遂には祖母が階下から呼ぶ幻聴が聞こえるようになった。

 唯一ほっと一息つけるのは風呂の中だけだった。 浴槽に深く沈みこむと、安心するのと同時にあとからあとから涙がこぼれてきた。
何が悲しいのかは分からない。自分を哀れんでいたのだろうか。
わたしは声を出さずに、静かに泣くことを覚えた。
風呂から出ると、「風呂が長い」文句を言われたが、唯一自分に泣くことを許したその時間は、ますます長くなる一方だった。

 祖母が寝静まってからは毎日家を抜け出した。
遊び歩くためにではない。街灯もない真っ暗な道をただひたすら散歩しては、祖母がトイレに起きる時間までには帰った。
暗闇よりも、家の中で呼吸出来なくなる事の方が怖かった。

 そんなある日、週末に父がやって来ることになった。 息が詰まるような祖母との生活から少しは解放されるのではと、わたしは喜んだ。
しかしそう簡単な話ではなかった。
「やっぱりみっちゃんが居ないと」
可愛い息子の名前をちゃん付けで甘えたように呼ぶ祖母。
普段は嫌々でもわたしに頼らないと生活できない祖母だが、父が来るとわたしは用無しとばかりにますます辛くあたられる。
祖母は父が来るのをあてにして、広告の裏に,父が来たら頼むことリストを書き上げるようになった。わたしにも出来るような簡単な用事ですらリストに挙がった。
負担が減った、と喜べれば良かったのだろうが、わたしはただただ悲しかった。
普段おばあちゃんをトイレに行かせて、お風呂に入れて、家事をしているのはわたしなのに。 文句こそ言われても感謝など一度もされた事はないのに。
父はタイミングよく数日間だけ現れてこんなにも頼りにされ、感謝されるのか。
バカバカしい事だが、正直に認めれば父に嫉妬していたのだと思う。
 ある時、 「また来るから」 そう言った父に、
「お父さんもう来ないで。お父さんが来ると余計辛い」
そう言って泣いたわたしは親不孝でもあり、祖母不幸でもあったろう。
でも二十歳そこそこの子供だったわたしは、ただただ一生懸命だったのだ。

 そんな生活が続き、祖母はほぼ寝たきりの状態になっていた。
それでもプライドが許さない様子で、オシメにする事を頑なに拒んだ。わたしの手を借りながら何とかトイレへ行っていた。
 ある日わたしが数十分家を空けた事があった。短い時間だから大丈夫だろうと思ったが、帰ると祖母はトイレに居た。
間に合わず自分で処理しようとしたが上手く行えず、トイレの床や壁が汚れていた。
わたしは手早く祖母の下着を変え、祖母を寝かせてからトイレを掃除した。
祖母の様子を見に部屋に戻ると、祖母が無言でわたしの手に何かを握らせてくる。
掌を開くと、それはクシャクシャになった千円札だった。
「ごめんね。汚いことさせて」

ハッとして顔を上げると、祖母が泣き出しそうな子供のような顔で見ていた。

胸が熱くなった。 そして気付いた。
自分が祖母の言動ばかりを見て、祖母の気持ちを考えようとしいなかったことに。

今までほとんどの面で頼っていた、最愛の連れ合いに先立たれた喪失感。
自分の仕事だと思っていた料理を作る事さえままならないもどかしさ。
自分の身体がどんどん思うように動かせなくなっていく事への不安や恐怖。
トイレや風呂に入るのにも人の世話にならないといけない申し訳なさや情けなさ。
そんなごちゃごちゃの感情を消化しきれず、孫にあたる事しか出来なかった祖母。
祖母の瞳を見ているとそんな様々な感情がいっきにわたしの中に入ってきた。

そして思った。
「生きることって、時々、死ぬことよりも辛いのかもしれない」と。

小娘が何を分かったような事を、と思われるかもしれないがその時確かに祖母の気持ちの一部を感じていたように思う。その千円札は結局受け取らなかった。とても受け取れなかった。 でも今なら思う。貰っておけば少しは祖母の自尊心を守れたかもしれない、と。

 結局祖母は一年後に亡くなった。
今思えばあっという間なのだが、もっとずっと長く濃密な時間に思えた。
祖母にもう会えないと思うと寂しかった。でもそれと同時にほっとした。
もう介護しなくてよいからではない。 祖母を一番近くで見ていて、生きる事の辛さを知ったからだ。
みんなが声を出して泣いていた。 わたしはそれをぼんやりと眺めていた。
祖母の顔は眠るように穏やかだった。
おばあちゃんもう苦しまなくていいんだね。
涙が一滴だけ静かに流れた。わたしは静かに泣くことが得意になっていた。

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最後に

誤解しないでほしいのは、「泣かない人」の方が故人との関わりが深かったとか、本当は誰より悲しんでいるとか、そういう事が言いたい訳ではないのです。
その人の悲しみはその人の中にしかない。 そして、その悲しみの表れ方も人それぞれなのだ、と私は思います。
そばで看てきた人には、その人の悲しみが、そして、事情があってそばで看ることができなかった人にも、その人の悲しみがあるのです。
例え同じような経験や関わり方をしてきたとしても、一つとして同じ悲しみの形はない。 だから、悲しみの形が違うという理由で、人を責める権利は誰にもないし、 それぞれが、それぞれの悲しみと向き合っていけば良いのだと思います。

そして最後にどうしても言いたいのは、悲しみの形が違うという理由で、自分を責める事もしないでほしい、という事です。
人の死に面して泣かなかった時、泣けなかった時に、 「自分は冷たい人間なんじゃないか」という考えが浮かぶ人は少なくないと思います。
泣かない自分を責めてくる相手は、実は他人よりも、自分であることが非常に多いのです。
でも、声をあげて泣かなかったあなたは悲しんでいない訳ではないし、決して冷たい人などではないと思います。
あなたの中に確かにある、悲しみの形は、あなたにしか分からないのですから、愛する人を亡くしたばかりの自分をあまりいじめないでください。

分かったような事を書きましたが、もちろん私にもあなたの悲しみの形は分かりません。
でもそんなわたしにも出来ることがあると思っています。
仕事を通じて関わる方達のために、ご本人へのケアは勿論のこと、ご家族の余分な負担を取り除いて、その悲しみとちゃんと向き合えるようお手伝いする事。 涙脆い私ですが、ご本人とご家族の前では泣かないと決めています。
その時が来た時に、悲しむべき人がちゃんと悲しめるように、そのためには他人のわたしは泣いてはいけないのだと思っています。 (ときどき失敗しますけどw)
人の死と向き合うことで、なんとも言えない喪失感や、自分の無力感を毎回感じるのは正直辛いですが、わたしも自分の悲しみの形に向き合って、家族じゃないからこそ出来ることをしていきたいと思っています。

皆さんもその時が来る前に、自分の悲しみの形を見つめてみてはいかがでしょうか?

最期まで看取ることの壮絶さ…言葉にできませんでした…。
私はまだ家族のような身近な人が亡くなった経験がないのですが、避けて通れない出来事なのだと、少しずつ実感しています。その時に悔いのない向き合い方をしたいと、なつめさんの記事を読んで強く思っています。

  【次回予告】1月18日(水)
なつめによる小ネタ更新♪お楽しみに!

兄にもらった北海道産のカボチャ(丸ごともらったから冷凍保存♪)でパンプキンパイ作りました〜♪
ハート型!!

パンプキンパイ

格子状に飾るの楽しいっ!

パンプキンパイ

オーブンもピンク!
生地膨らんできます!

パンプキンパイ

出来上がり〜♪
横のは余った生地で作ったチョコパイ!!

ヘルシオ ピンク

コーヒーと一緒におやつ〜♪

パンプキンパイ

映画のあと汐留カレッタのイルミネーション観てきました〜♪

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サーカスモチーフのイルミネーションかわいい!

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時間になるとメリーゴーランドが動いで音楽も出てきました〜♪

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ディズニーシンデレラとコラボのイルミネーション素敵でした〜♪

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6分位のイルミネーションと曲が流れるショー素敵でした〜♪───O(≧∇≦)O────♪
曲がディズニーなので鳥肌立っちゃいます!(笑)
ディズニー大好き〜♪

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展望レストラン階にはシンデレラのドレスが飾られていたり〜♪

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ガラスの靴も展示されていました〜♪

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私は、通っているメンタルクリニックの

ディケアでヨガのクラスに週2回通っています。

 

半年ほど前、そのヨガのクラスに一人の男性が入ってきました。

背が高く、ヒョロっとした感じでした。

 

「ご飯が食べられなくて、痩せる一歩だ」

と、その男性は言いました。

 

確かに男性は痩せていましたが、それよりも

顔の表情が、物凄く暗かったのです。

 

男性の周りにはドンヨリとした空気がとりまいていました。

誰かが言いました。

 

「大丈夫だよ、食べられなくても滅多に死なないから」

男性が答えました。

 

「死ねるものなら死にたいですよ」

「もう、半年くらい人と話をしていない」

男性の顔色は土気色をしていました。

 

私の通っているディケアのヨガクラスは、皆、仲が良くて

休憩時間には軽口を叩き合っています。

 

その男性も、クラスに慣れるうちに、自分から軽口を叩くようになりました。

 

そして、ヨガのクラスの他にも

太極拳のクラスとか、集団カウンセリングのクラスとか

 

、いろいろと内容を選んで、毎日ディケアに来るようになりました。

知り合いもたくさんできたようで男女問わず、いろいろと話をしているのを

見かけるようになりました。

 

今年の年明けに、ヨガのクラスで今年はじめて男性と顔を合わせました。

男性は私に言いました。

 

「俺、最近メシが食えるようになったんですよ」

「へえ、良かったわね、そう言われれば少し顔が丸くなったみたい」

と、私は答えました。

 

男性は、ヨガクラスの急送時間に、もりもりとお菓子を食べていました。

まるで、今までの食欲不振を取り戻そうとしているかのようでした。

 

半年前に初めてヨガクラスに来た時、男性はドンヨリと曇って

自分からは何も話そうとしませんでした。

 

けれども、今、男性は、自分から話をし、明るい表情をしています。

 

思うに男性は、ディケアに通い、人とふれあうことによって

少しずつ、凝り固まった心を開いていったのでしょう。

薬も減ってきたと聞きました。

 

ディケアを上手に使うことによって、統合失調症の症状が改善することも

あるのだなあ、と思いました。

 

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というわけで正解はQua tab 01である。京セラのやつ。

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ばっちり動作。

価格が6,910円

は?

6,910円

(当然、無税+送料込)
買わない方が後悔するレベルである。買うよなあ。Snapdragon 615+2GBは軽快である。デレステも特にする予定ないし。詳しくはまた。

ロンドンのパルがホームステイしているお宅、

話を聞くと、イギリス人の彼女からすると、「ん???」と

不思議に思うことが多いらしい。

「でも、それは私がイギリス人だからで、日本人には当然なのかも。」と

彼女は言っていたけれど、

「・・・それ、おかしい。日本人として聞いても変。」ということが多い。

それは、私が彼女の友だち視点だからか?と夫に、

どう思うかと聞くと絶句していた。

やっぱり、変…らしい。

イギリスの彼女は大人なので、「それも経験のひとつ」と楽しめている、

いまのところは。

私が中国の家庭にホームステイしたとき、

「シャワーの時間は短めに」という注意を日本で聞いたので、

シャワーを早く終わらせた。

あまりにも早すぎたようで、ホストファミリーに驚かれたり、

「これ、いる?」と箱を見せられ、「クッキー?」と聞いたら笑われ

実はそれは生理用品だったり…。

私のホストシスターは年齢は一つ下、学年は同じの女の子で

同じ髪型をしたり、露店で似たワンピースを買って着たりと

仲良し姉妹のように過ごした。

相性がよかったようで、かれこれ15年以上経つけれど、

いまでも連絡を取り合う。

一方、妹はオーストラリアでホームステイしたけれど

その後、連絡を取り合うこともないようで、

ホームステイの話になると、「当たり外れが大きい」という話になる。

ロンドンのパルのホームステイ先はホームステイ慣れをよくも悪くもした

お宅、という印象を受けた。

彼女の話を聞いていると、中国のホームステイを懐かしく思い出した。

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